人妻が浮気をすると逮捕される時代があった!?

 男と女の性愛はしばしば文学のテーマとなっています。世界でもっとも古いといわれる長編文学である源氏物語の世界においても、愛とセックスがストーリーの核であり、歴史的にみれば世界中の名作文学の多くが、男女のおりなす葛藤をメインに据えています。誰かが誰かを愛する、それだけでは波風はたちません。すぐれた文学作品には必ず「荒波」が用意されているもの。それが読者を引き込み、ハラハラ、ドキドキさせたり、怒りや悲しみ、喜びなどの感情を呼びさまします。そうした「仕掛け」のひとつとして、「不倫」はしばしば登場します。

本来、恋愛は縛られるべきものではないのかも知れませんが、社会倫理や法律によって、「不倫」は罪とされてきました。わが国においては明治維新後の1880年に制定された刑法によって、「姦通罪」が適用されることとなります。これは、わが国の文学にも、作家の私生活にも大きな影響を及ぼすことになりました。小説家という職業の人たちには、やってはいけない、とされていることを試してみたくなるタイプの人が多いのです。小説のネタとしてだけでなく、実際に不倫にどっぷりつかった人も少なくありません。姦通罪は日本の文学に大きな影響を及ぼしました。

姦通は「女」がするもの!?

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 「姦」は女を三つ重ねた漢字ですが、わが国においては「姦通」は女性の罪であり、男性が不倫をすることは含まれませんでした。明治時代における姦通罪は、結婚している女性が夫以外の男性と性的関係を結ぶことに適用されるもので、男性は妻がいても、浮気相手が未婚であれば罪には問われません。ただ、既婚女性と不倫をした場合には、相手の女性の姦通罪の共謀者として罪に問われました。あくまでも、主役は女ということになります。

刑法に、「有夫ノ婦姦通シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ処ス」とあり、なんと最高で2年の懲役という結構重たい罰です。ここで言う「有夫ノ婦」とは既婚女性のことです。男性については、「其(その)姦通シタル者、亦同ジ」とあって、人妻の不倫相手として罰せられることになっていました。

戦後になって、姦通は罪ではなくなった!?

 新憲法で男女平等が保障されるようになると、「姦通罪」が問題になります。妻の浮気は罪なのに、夫の浮気は罪にならないのでは、不平等ではないかということになったのです。さて、どうするかと国会で検討されましたが、2つの解決策がありました。ひとつは、夫の姦通も罰するというもの。もうひとつは、姦通罪そのものを廃止しようというものです。激しい議論となりましたが、結局、不罰とすることに落ちつきます。男女ともに、不倫をしても刑法上では「罪」にはならなくなったわけです。

不倫が犯罪ではなくなったものの、不義に対する不快感がなくなるわけではありません。密通を全面的にフリーにしてしまっては、夫婦関係がおかしくなってしまうという考えも一方ではありました。そこで、民法に、「配偶者に不貞行為があった場合には離婚訴訟を起こすことができる」という規定がもりこまれることになります。これによって、「やはり不倫は罪」という価値観が維持されたと言えるでしょう。

わが国の近代文学においては、不埒(ふらち)な恋に身を焦がす作品が少なくありません。その苦しみの根底には、「不倫は罪」という価値観が根強くあったからにほかなりません。戒律を破ってはいけないという倫理観と、どうしても破ってみたいという欲望との葛藤が、美しい文学を生み出し、同時に、作家たちの私生活を波瀾万丈にしていたのです。