モダンガールな宇野千代は4回結婚して4回離婚した!?

 宇野千代の実家は山口県の酒造でかなりのお金持ちでしたが、父親は仕事もしないで毎日バクチばかりしているような人物でした。母親は早くに亡くなり、継母は千代とは12才しか違わない若い女性。彼女が名作「おはん」のモデルです。両親によって、継母の姉の子である藤村亮一との縁談を決められ、14才で結婚します。つまり、14才で初体験を済ませたわけです。以降、さまざまな男性と関係を持ち、そのうちの4人と結婚して4回離婚しています。恋多き女だったのかも知れませんし、愛に飢えていたのかも知れません。

初夜を済ませて10日で帰ってきてしまい、夫の弟とできてしまった!?

ビル

 千代は結婚して10日で実家にもどってしまいます。この時すでに、夫亮一よりもその弟忠に魅かれていたのです。忠とはすぐに肉体関係を持ったわけではなく、千代は高校卒業後に勤めた小学校の同僚と恋愛関係を持ち、その後、忠と結ばれました。互いに好きあっていたため、4年後に忠の求愛をうけて千代が彼のもとを訪れ性的に結ばれます。忠はまだ高校生でしたがふたりは同棲生活を始め、彼が東京帝国大学に合格すると一緒に上京します。純情な若いカップルで、忠が学業に専念できるようにと、千代はさまざまな職業に就いて応援しました。

そうしたアルバイト先のひとつ、レストラン「燕楽軒」でウェイトレスをしたときに、芥川龍之介や久米正雄、今東光、佐藤春夫、菊池寛らと交流を持ちます。これが結果として、千代が小説を書き始めるきっかけとなりました。アルバイト期間はわずか18日でしたがそれぞれと親しくなり、とくに、今東光とは親密な関係を持ちました。千代は美人ではありませんでしたが明るくはきはきとした性格で、男性からよくモテたのです。

次々と男を変えていった

 忠は大学を卒業すると北海道拓殖銀行に就職。千代もそれについて札幌に住むことになりました。ここで暇な時間をつかって小説を書き始めたわけですが、「時事新報」の懸賞小説に応募した「脂粉の顔」が一等に入選。その後たてつづけに何作かを書きあげ、いてもたってもいられなくなって、夫を札幌に残したまま一人で上京してしまいました。その後の男性遍歴は華やかです。

上京した際に出会った尾崎士郎とはすぐに姦通。夫がいる身でありながら、同棲を始めました。その後忠とは離婚して尾崎と結婚します。作家たちとの交流が深まる中で、千代は「檸檬」(れもん)で知られる梶井基次郎と親しくなります。基次郎の前衛的なスタイルに魅かれ、関係を持ってしまいました。結局これが原因で尾崎とは離婚します。別れたあとの千代は恋愛よりも肉体的な快楽を求めるようになりますが、そんな時に出会ったのが画家の東郷青児。心中事件を起こしたばかりの東郷は精神的に傷ついており、千代とは快楽だけの関係が成立します。

東郷との官能的な関係はしばらく続きますが、その後、「悪徳の街」の北原武夫と出会います。妻を亡くしたばかりの北原に、9才年上の千代の方から近づき籠絡(ろうらく)したのです。さんざん男遊びを繰り返してきた千代は、今度ばかりは落ち着きました。結婚生活は25年間続きます。しかし、この結婚は北原の姦通で幕を閉じました。千代が60才ちかくになり女としての魅力が薄れた頃に、北原は若い女優を愛人にしたのです。

宇野千代はこうした性的遍歴を後悔することはありませんでした。自分自身の肉欲も、男たちの肉欲もストレートに受け入れて、それをそのまま小説の世界に持ちこんでいます。いさぎよい女性であったと言えるのかも知れません。