日本でドラマ化された『わたしを離さないで』

 『わたしを離さないで』は、カズオ・イシグロによる長編小説です。人間が“人間”として生きられない歪んだ世界と、最後の最後まで、この世界の全貌が見えないもどかしさ――しかしながら生命の輝きに満ちているという、問題だらけの物語であります。2016年1月にTBSでドラマ化されたことで、ふたたび話題となったこの作品。綾瀬はるかさん、三浦春馬さん、水川あさみさんを始めとした豪華キャストが、歪なキャラクターを熱演しています。

いかにも日本人らしい名前から、彼を国内の作家と勘違いしてしまうかもしれませんが、実は日系イギリス人です。この小説も、原作は英語で執筆されています。今回は、そんな『わたしを離さないで』の魅力に迫ります。

『わたしを離さないで』はどんな小説?

ビル

 キャシーは“介護人”として、ヘールシャムという施設で働いています。そこで“提供者”と呼ばれる人たちの、世話をしているのです。しかし“介護人”に“提供者”とは一体どんな仕事なのでしょうか……?

彼女はかつて、ヘールシャムという施設で育ったうちの、ひとりです。トミーとルースを始めとした仲間たちと一緒に、そこで歪んだ青春時代を過ごしました。ヘールシャムは一見、学校のような教育施設のように見えます。しかし、その教育の内容は、いわゆる学校とは一線を画するものでした。まず、そこには先生がいません。彼らの面倒を見るのは“保護官”という役割を担った大人です。また、子どもたちに芸術作品を作らせては、“展覧会”というイベントで、展示しています。少女だったキャシーたちは何も知らないまま、展覧会へ出す作品づくりに精を出していました。

また、ヘールシャムでの人間関係も、あまりに歪です。トミーは異様なまでの癇癪もちで、同級生からいつも、からかいのネタにされています。ルースは異様なまでの負けず嫌いで、ことあるごとにキャシーと張り合い、自分が1番でなければ気が済みません。そんな、どこか破綻した2人と付き合いを続けるキャシーは、あえて抵抗することなく、ズルズルと人間関係の渦へと巻き込まれてゆきます。

ヘールシャムでの歪んだ教育と、歪んだ人間関係。やがて“提供者”となることを約束された彼らには、どんな将来が待っているのか――。気になった方はぜひ、この本をお手に取ってみてください。

どこか他人事のような文体

 『わたしを離さないで』を読み進めるうちに、この世界の秘密を知った方は、センセーショナルなテーマに引き込まれて、どんどんページをめくってしまうでしょう。こういった人を引き込む話題性が、ドラマ化へと繋がったのかもしれませんね。ただ、ストーリーだけ取っても楽しめる作品ではありますが、小説としての見どころはやはり、“キャシーの一人称”でしょう。

キャシーは、身の回りで起こったあまりに歪な出来事を、淡々と描写します。それは、友人であるトミーやルースの度を越えた言動についても、自分自身に起こった情熱的な出来事も、例外ではありません。すべてを、まるで自分に関係のないことのように語るのです。実は、『わたしを離さないで』の中でも最たる歪さは、ヘールシャムでもそこでの人間関係でもなくて、“彼女自身のものの見方”かもしれません。これこそが、ドラマでは再現できない、小説ならではの味わいです。

今回は、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』をご紹介しました。あなたもぜひ、この歪な世界を体感してみてください。