文学+旅行を楽しむ 都内ぶらり散歩旅

 東京都内は明治になって多くの文豪や文学者が集まった場所でもあります。そんな文学者にゆかりのある街についてご紹介します。

神楽坂の文学を歩く

ビル

 神楽坂は東京都新宿区の早稲田通りの大久保通りの交差点から外堀通りの交差点までにある坂です。由来はここに津久戸明神が移転した際に神輿が重くて坂が上がれなかったが神楽を演奏すると簡単に登れたことから神楽坂と呼ばれたといい、大正時代に栄えた花街でその頃の面影を残す老舗の料亭や路地があります。

場所は夏目漱石の作品「坊っちゃん」で主人公が松山の学校に赴任した際に松山の街と神楽坂を比較している場面や神楽坂にある毘沙門堂の縁日で鯉を釣っていた描写が描かれます。夏目漱石は生まれと晩年を早稲田で過ごしていたため神楽坂にはよく来ていたそうです。この他にも石川啄木の日記に神楽坂に今もある本屋、相馬屋について書かれています。この他にも戦後に映画監督として有名な山田洋次が脚本を書くために泊まった宿などがあります。

谷根千の文学を歩く

 谷根千とは上野のそばにある谷中、根津、千駄木の3つの地域を指す言葉です。昔から江戸の下町でもあり、明治には東京大学や東京藝術大学などがあったこともあってか、多くの文人がここに住むようになります。ここで暮らした文豪には夏目漱石や森鴎外、川端康成などの有名な文豪が生活していました。夏目漱石はロンドン留学から帰国して千駄木で暮らしており、この場所で「吾輩は猫である」を書いています。森鴎外も千駄木で生活しており、彼が暮らしていた観潮楼には与謝野晶子、鉄幹夫婦や石川啄木、斎藤茂吉などの有名な文学者が訪れました。現在はこの場所に森鴎外記念館が建っています。

また上野には森鴎外が千駄木の前に暮らしていた家がホテルとして残っています。この他にも夏目漱石や川端康成がよく食べていた老舗の和菓子屋や谷中霊園には多くの小説家や文学者などのお墓があります。少し変わったもの江戸時代のベストセラー作家の滝沢馬琴が使い古した筆を供養した筆塚が残されています。谷根千は多くの作家に愛され、夏目漱石の「三四郎」を始めとした多くの作品の舞台になりました。ミステリー作家の江戸川乱歩の作品「D坂の殺人事件」は千駄木にある団子坂が舞台となっています。

歴史小説の舞台を楽しむ

 文学にゆかりのある場所は何も近代文学ばかりではありません。歴史小説に登場する舞台もあります。特に有名な作家と言えば「赤ひげ診療譚」の山本周五郎や「鬼平犯科帳」の池波正太郎です。この方達の作品の舞台として登場するのが浅草橋の周辺です。この他にも神田周辺も古くの建物が残っている場所で作品中でも登場します。このような場所には現在も存在する神社やお寺もあり、地名が残っているところもあるので舞台探訪するにもオススメです。なお舞台探訪をする時は江戸時代の古地図があるとより当時に思いを馳せることができます。

作品の舞台や作者の住んでいた場所を訪れてみるのは作品をより楽しむのにもってこいです。また今回紹介した場所は観光で訪れても良い場所なのでぜひお散歩してみてください。特に谷根千は猫の街としても有名で芸術家も多く住んでいたため、アートを楽しむ事もできますよ。