現代の人にも革新的?二葉亭四迷『浮き雲』

 長谷川辰之助という名前を聞いて、誰かわかる人は少ないでしょう。実は『浮き雲』などで有名な文豪、二葉亭四迷の本名です。ペンネームは処女作をだした際、自身に対して「くたばってしま(め)え」と言ったのが由来だそうです。

ユーモアあふれるペンネームと同様、彼の処女作『浮き雲』はユーモラスな発想にもとづいて書かれています。言文一致という当時は革新的な手法が用いられた小説は、現代人にとってどのような価値を持つものなのでしょうか。

挫折のすえに書いた小説!ペンネームは自虐だった?

ビル

 二葉亭四迷は、尾張藩士の子として1864年に江戸で生まれました。はじめは軍人をめざしており、陸軍士官学校に入ろうとしますが受験に失敗しあきらめます。その後、考えを改め東京外国語学校露(ロシア)語科に入学しました。

しかしせっかく入った学校も不満を感じやめてしまった彼は、文学者になろうと考え坪内逍遥に弟子入りします。そして処女作にして代表作でもある『浮き雲』を書き上げ、師匠の本名を著者名として使い発表しました。

前述の「くたばってしま(め)え」は発表当時、師匠の名前を借りて作品を出した自分に対して言ったものとされています。作品は「近代小説の先駆け」と言われるほど革新的なものでしたが、本人は自作に不満があったそうです。

当時は時代の最先端を行く作品だったが、今はどうなのか?

 作者自身にはあまりよく思われていない『浮き雲』ですが、多くの人々から高い評価を得ています。おかげで今も古典文学の名作として残っており、手頃な値段で購入することが可能な本作は、現代と当時では評価が異なるようです。

作品が発表された時は1887年であり、当時は擬古体(古い時代の形式をまねて書く文体)が一般的でした。ですから言文一致(話し言葉に近い書き方をすること)の小説というのは最先端の書き方であり、斬新な発想だったそうです。

しかし現代では、言文一致の文章が一般的な小説の書き方であるため、新しいという感じはしません。むしろ、当時の言文一致は今ある小説のような話し口調というよりは落語のような感じであり、今読むと時代を感じます。

いくつか欠点もあるが、文学的価値の高さはゆるぎない!

 また、後半にいくに連れてだんだんと物語が深刻になっていくことに反して、全編通して軽い口調で語られていることに違和感を抱くかもしれません。現実をありのままに描写する書き方も、人によっては合わないでしょう。

ですから、現代人が読むと「明治時代に書かれた近代小説」という感想を抱くことが多く、文体からは面白さよりも歴史的価値を感じるそうです。話自体は、人によっては中途半端なところで終わっていると不満が残るかもしれません。

しかし当時主流だった小説の書き方をせず、新たな手法を文学界にもたらした功績はすばらしく、文章自体も美しいものです。根っからの小説好きならば、現代の基盤を作った一冊として、きっと楽しむことができるでしょう。